【死刑以上の刑罰を望む被害者遺族の心理】
犯罪被害者遺族は、加害者にも同じ様に「死」を持って罪を償ってもらうと思うのが一般的心理である。公然と認められていた仇討・切腹などに見られるように「死」に対しては「死」で応えて貰う意識が日本(人)には昔から強い。
筆者は法律を勉強してきたわけではないが、極刑の刑罰は「終身刑」と昔から考えていた。世界的に死刑廃止論が広まっている現在、検討されても良さそうである。
「死」には「死」で
何の雑誌だったか忘れたが、裁判の判決についてのものであった。かいつまんで記すと、被害者遺族の心境は、恨み・怨みで、加害者の「死刑」判決を求める。しかし、「死刑」の判決はそう簡単は下らないが、求めていた「死刑」の判決が、思いの外早期に下されてしまう時がある。人間おかしなもので、いとも簡単に結論が出てしまうと、もう少し時間を掛けて「死刑」の判決を出して更には、もう少し重い刑を求めてしまう、と言う内容である。
しかし、現在の日本には「死刑」以上の刑罰は存在しない。にも拘らず、判決が早ければ早いで加害者に罪を償って貰った気がしないと言うわけである。相手に長く苦しみを求める心理なのであろう。残された遺族側も、ある程度の期間は憎む気持ちを持ち続けたいということがあるのかも知れない。
無期懲役
現在の日本には「無期懲役」は有るが「終身刑」は存在しない。「無期懲役」「終身刑」両方とも同じような意味ではあるが、一般的に「終身刑」と言うのは、死ぬまで刑事施設に収監される刑であるのに対し日本の刑罰「無期懲役」と言うのは、刑期を決めずに刑事施設に収監され、刑罰の減免処置や恩赦による仮釈放があることだ。結局、「無期懲役」は、刑が執行された時点で期限が決まっていないのである。恩赦による仮釈放は、被害者遺族にとってどんな気持ちなのだろう。恩赦による罪の減刑などは必要なさそうであるが。
終身刑
「終身刑」のある主な国としては、アメリカ合衆国・中国・イギリス・オーストリア・デンマークなどがある。一般社会と隔離された世界で、更には自由が拘束され生きることは考えようによっては、「死刑」よりも犯罪者に苦痛をあたえる残酷なものにも思える。言い換えると、「そう簡単には殺さない」とにもなりそうである。被害者遺族もそれこそ孫の代まで加害者を怨み・恨み続けることができるかもしれない。
「終身刑」をもう少し考えると、現在の「死刑」と「無期懲役」の曖昧な境界線を、ある程度明確にできることだ。例えば、同じ殺人を犯した犯罪者でも、殺した人数・動機・殺害方法・自首の有無などで重い刑・軽い刑に分けられてしまうことが整理できる。被害者遺族にとって「死」に重いも軽いも無いはず。被害者遺族の苦しみ、悲しみをどこに向けるかを考えなくてはならない。
遠山の金さん
殺人者を一括りで「終身刑」にするには、当然無理がある。終身刑の中身をさらに細分化する必要はあるが、それはその分野の人々にお任せするしかない。
最後に筆者から一言。
桜吹雪の遠山の金さんのようなお裁きをする裁判官と法律が出現することを期待するしかない。お裁きに対して、被害者・被害者遺族も更に、第三者も納得することが望ましい。犯罪者も、渋々自分の犯罪を認める法律が必要だ(まあ!認めるわけはないけれど)。市中引き回しの上打ち首獄門による「死刑」で片づけなくても、他に被害者遺族も納得する「遠島」や「江戸払い」などのような「見せしめ」的刑罰もあるはずである。
これにて一件落着。
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